ここ最近、胃が痛くて何も手につかない。
風邪を引いたり熱を出したりすることはよくあるが、
胃が痛くて何も出来ないというのは初体験である。
キリキリ痛むとはこのことかってなもんである。
何しろ初体験なだけに、様々な不安が頭をよぎる。
もしかしたら胃に穴が空いているのではなかろうか?
はたまた、それ以上に何か悪い原因でも・・・?
彼女「30代はまだまだ若いとは言ってもさぁ・・・。」
彼女「何があっても不思議じゃないからねぇ・・・。」
まき「・・・。」
そう語る彼女は、昨年末に実際に急性胃炎になり、
1週間もの間、お茶とお粥(かゆ)しか口に出来ないという辛い経験をしているだけに、
その言葉には少なからず説得力があり、私の不安にさらなる拍車をかける。
私は意を決して会社から暇をいただいて、
ここ何年も使うことのなかった保険証を探し出し、
ここ何年も足を運ぶことのなかったホスピタルに向けてアクセルを踏み込み、
ここ何年も感じることのなかったあの特有の匂いの中に身を乗り込ませた。

いかにも健康そうにおしゃべりを楽しむお婆ちゃん達の横でじっと待つこと15分。
"白衣に着替えても茶髪はやめられない!"
といった感じの若い女の子が受付の窓から顔を覗かせる。
受付の女の子「まきさん、まきさぁーん!」
まき「(来た、俺の番だ)」
受付の女の子「初診ですね、今日はどうされましたか?」
まき「お腹が痛・・・。」
いや、待て、お腹が痛い?
これでは小学生が学校に行きたくない言い訳のナンバー1ではないか。
この胃の痛みはそんな言葉で表せるほど尋常なものではないのだ。
もうちょっと深刻そうな言い方はないものだろうか。
まき「えーっとですね、胃がキリキリと痛んで・・・。」
まき「何と言うかこう、胃を誰かに直接グイッと掴まれたような感じで・・・。」
まき「食べた物が搾り出されるように上にのし上がってくるような感触がして・・・。」
まき「何と言うかこう・・・。」
受付の女の子「2番の診察室へどうぞー!」
まき「あ、ハイ。」
話の分からない茶髪よりもチョイと年配そうなベテラン看護婦に案内され、
ガラスに「内科」と書かれた威厳のありそうなドアをおもむろに開ける。
ベテラン看護婦「お腹が痛いそうですね?」
まき「いや、お腹が痛いなんてもんじゃないんですよ。」
まき「胃がキリキリと痛んで・・・。」
まき「何と言うかこう、胃を誰かに直接グイッと掴まれたような感じで・・・。」
まき「食べた物が搾り出されるように上にのし上がってくるような感触がして・・・。」
ベテラン看護婦「アラ、まぁ、大変。」
ベテラン看護婦「そしたらですね、こちらにお小水を取ってきてください。」
ベテラン看護婦「その後、これで熱を測って・・・ネ。」
まき「ハ、ハイ!」
お小水で体調に関してはほぼ推察できるというが、
その上熱までチェックするとは、
いやぁ、さすがベテラン、話の分からん茶髪とは違う。
俺の意思がうまいこと伝わりそうだ。
ベテラン看護婦「36度3分、熱はないですね。」
ベテラン看護婦「ではこちらへどうぞ、先生、お願いします。」
病院の権威をそのまま人間の形にしたような白髪の紳士の前に小さく座り込む。
先生「どうしました?」
まき「いや、実はですね。」
まき「胃がキリキリと痛んで・・・。」
まき「何と言うかこう、胃を誰かに直接グイッと掴まれたような感じで・・・。」
まき「食べた物が搾り出されるように上にのし上がってくるような感触がして・・・。」
先生「ふぅむ。」
ドイツ語だか英語だかで何やらカルテに落書きを始める威厳のかたまり。
先生「いつから?」
まき「先週の土曜日からです。」
再びスラスラと落書きを始める権威の象徴。
先生「思い当たる事は? 暴飲暴食とか。」
まき「特に思い当たりませんが、先週の土曜日に飲み会がありました。」
ピタリと落書きの手を止める権威の象徴。
先生「飲み会? その飲み会ではかなり飲んだの?」
まき「うーん・・・。」
まき「途中から記憶がないので分かりません!」
先生「ブッ!」
ベテラン看護婦「クスクス・・・。」
先生「常に痛いのかな?」
まき「いえ、お腹がすくと痛いんです。お腹が一杯になると直ります。」
先生「な・・・なるほどね。」
ベテラン看護婦「クスクス・・・。」
まき「先生、どうなんでしょう。」
まき「実は・・・知人が急性胃炎になりましてね・・・。」
まき「30過ぎたことだし、僕もひょっとしたらと不安になってですね・・・。」
先生によると、胃に穴が空いていたり急性胃炎だったりした場合は、
逆に食べ物を胃に入れるとガマンできないくらい痛み出すらしい。
先生「とりあえず胃薬出しておきますから。」
先生「1週間ほど消化に良い物を食べて、しばらく様子を見てくださいよ。」
先生「それでもまだ痛みが続いていたら、またおいでなさいな。」
まき「え?」
先生「ハイ、ご苦労さん。」
まき「ちょ・・・ちょっと・・・。」
も・・・もう終わりですか、先生?
胃カメラとかバリウムとか、その類(たぐい)の検査は?
もっとなんか深刻な病気っぽいですよ、コレ。
ほれ、急性ホニャララ症候群とか、悪性のなんとかポリープとか。
薬屋さんでのやり取りとたいして変わらんような気がしますよ、先生!
「単にお腹が痛い人」
で終わることを強固に拒否しようとする私のそんな仕草に気が付いたのか、
話の分かるベテラン看護婦が一言。
ベテラン看護婦「先生、何か他に食事の注意点とかありまして? クスッ」
先生「いや、特には・・・。」(下を向いたまま)
まき「あのー・・・お世話になりまして、どうも。」
診察室を出るときに、チラリと見えた先生のカルテの文字が、
「のみすぎ」と書きなぐったようにしか見えなかった私は、
なんかスッキリしないような気分のまま、このまま会社に戻る気にもなれず、
今日は一日ゆっくり胃を休めようってなことで、そのまま自宅へとシビックを走らせる。
その晩。
彼女「どうだった? 大丈夫だった?」
まき「うーん、やっぱり急性胃炎・・・だと思う・・・。」
彼女「えぇー! そう言われたの!? 辛いでしょー!」
まき「まぁな、間違いねーよ、オメーのときと症状が同じだもん。」
まき「とりあえず薬飲んでしばらく様子見るけど・・・。」
まき「来週もっかい病院行かなきゃなんねーだろうなぁ。」
彼女「そうなんだぁ・・・。」
彼女「どうする? 夕食とか。」
まき「あれだ、お粥だよ、それとな、ワシャ1週間ほどお茶しか飲めねーらしいぞ!」
彼女「まぁ、大変、かなり悪いのね。」
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お粥だ、お粥しかダメにきまってんだよ、俺は!
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痛みの再発に不安を抱きながら慎(つつ)ましく過ごしたこの1週間であったが、
あの先生に再び診察していただく予定は、今のところない。
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